書籍・新・気功の達人の内容について

ここに書き記した文面の内容は、現代書林が出版した「新・気功の達人(11人のスピリチュアルヒーラー)内の私のことを紹介した部分のコピーになります。

チャクラの覚醒及びクンダリニーの上昇体験をすると、身体中が、焼けつくほど熱くなり、火柱が上がり、身体も回りもさまざまな色に輝く、まばゆいばかりの光に包まれる。身体の内といわず外といわず、不可思議な音や声がひっきりなしに聞こえ、意味不明の言葉が口をついて出る。手足がガタガタと動き、身体が勝手にねじれ、見たこともない事柄や映像がさまざまな色に輝きながら見えます。この様々な体験を、神様が降臨したなどと表現をする場合もあるのです。

その後、気功術気功治療気功術気功療法中国気功治療医療気功治療気功整体治療、レイキ治療などに用いる能力とは根本的に異なるサイ能力とか超能力などと述べられる能力を発揮するようになります。

だからこそ私は「気功治療などあらゆる療法に優るサイ能力による治療」と述べ、気功による治療は勿論のこと、他の治療方法などと比較をして頂きたいと述べているのです。勿論、マスコミなどにて超能力者、気功の達人、スピリチュアルヒーラーなどととして取り上げられている方々との比較の為であってもかまいません。

現代書林のコメント

気功の達人」の刊行後、4年の歳月が過ぎ、気功もさまざまな形に進化した!その驚くべき「気功の世界」を取材班が体験し、目撃した最新レポート。

卓越した能力により病を癒す ただ天の啓示にしたがって

誰でも最初は信じられない…… でも大丈夫、きっと楽になる

施術を終えて、待合室のソファにどかっと腰を落とした男性が、どうも腑に落ちないといった面持ちで聞く。

「なんだか……変なふうに、身体が動いていませんでしたか?」

北沢先生が答える。
「あぁー、バタバタと激しくではないけど、ずいぶん動いていたな、足の方は特に動いていたな」

穏やかで明るい声だ。しかし、よく意味がわからない。

「大丈夫だよ、もう痛みはないでしょ」

「いや、帰り道にまたどうなるか……」

「歩いてみればわかるよ。明日になったら、もっともっと楽になるよ」

帰り支度を始めながら、男性はなおも首を傾げながら「そうですかねぇ……」
半信半疑といった表情だが、頬は紅潮し、目は輝いて、どことなく晴れ晴れとしている。

「誰でも最初はあんなもんだな。そりゃ信じろといっても、信じられないだろうからな」

ホームページを見て初めて来たという男性を、「心配しなくとも大丈夫だから、絶対に大丈夫だから」と玄関まで送り出した後、先生はさらりといった。朴訥な福島なまりが耳に心地よい。


動かないはずの足が動く、生命のけいけんなるあえぎ

男性は、4ヶ月ほど前に突然右足が動かなくなり、痛みだしたという。少しでも歩くと激痛が走る。どこの病院に行っても原因がわからず、診断結果は「心因性のもの」と。これ以上、会社を休むわけにはいかない。そこで、病院以外の治療もいろいろと試した。しかし、改善が全く見られず、万策尽きて天啓気療院を訪れたとのこと。

帰りがけに、不自由な反対側の左足のことを、北沢先生が尋ねると、彼は答えた。

「こっちの足はいいんです。物心がついてから50年になるが、これでやってきましたから」

実は、施術中に大きく動いていたのは左足のほうだ。先生によれば、麻痺や歪みの大きい方の場合、尋常ではない動き方をすることがあるとのこと。普通ならとても真似のできないような動きだそうだ。そのため、当人は気づいていても、「まさか」という想いのほうが強い。

この動きこそ、身体が本来の姿態に戻ろうとして起こる現象なのだと先生はいう。

「右足は痛みがすぐになくなるから、まもなく会社にも行けるようになる」とのこと

そして、驚くべきことに、脳性麻痺と思われる左足も、あと数回通えば、以前とは比較ができないほど自由に動くようになるというのだ。

「物心がついてから50年間も、ずーっと治らないと思って、あきらめていたんだろうなぁ……」

北沢先生は、慈しむように呟いた。その瞬間、ついさっき、少しギクシャクした足取りで立ち去った男性が、胸を張り、初夏の街をさっそうと歩く姿が、くっきりと目に浮かんだ。

生命のあえぎのような場面に立ち会った先生の言葉が、長い間の彼の苦しみを深く労わり、明日からの幸福を約束して、あまりにも温かく自信に満ちていた。


光を浴びる体験を経て授かった癒しの力

「容易に信じられないかも知れない。当人である私も「貴方には、想像ができないほどの治療や癒しのできる能力がある」といわれても、簡単には受け入れられなかったのです」

その能力を、北沢先生自身が得たのは、いまから16年ほど前のことだ。春先のある日、それは突然始まった。

身体中が、焼けつくほど熱くなり、火柱が上がり、身体も回りもさまざまな色に輝く、まばゆいばかりの光に包まれる。身体の内といわず外といわず、不可思議な音や声がひっきりなしに聞こえ、意味不明の言葉が口をついて出る。手足がガタガタと動き、身体が勝手にねじれ、見たこともない事柄や映像がさまざまな色に輝きながら見える。

毎晩のことではないが、訳がわからないものだから、いつまたそうなるかと不安で眠れない。そんな日々が何年間も続いていた。

ある時「こういう経験をしていないか」と、ある健康補助食品の会合で会った人に「貴方は、神様から与えられたエネルギーを自由に扱って、病気を改善させ、癒すことができる」といわれる。

確かに様々な体験もし、その通りのようだが、そうはいわれても容易に信じられるわけがない。

「何をいっているんだ、この人は」とも思った。

だが、その会場で、足が痛いという女性に、皆の前で手をかざしてみろといわれ、試しにやってみた。すると、あっという間に「治った」といわれ、周囲も自分も驚く。更に、宿泊していたところにも、男性が足が痛いと訴えていたので試してみる、これもまた、あっという間に改善した。

そこで、そんな都合の良い話があるものかと思いつつも、体調を崩していた義母に対し、手をかざすと、「すごく楽になった」と、感激したという。

そんな具合に試しから手をかざし始め、北沢先生は、次々と奇跡を起こしていくのである。


理解を超えた能力に課された苦難の道

福島県の片田舎で生まれ育った北沢勇人先生は、苦学して一級建築士の資格を取った後、建築設計会社を経営し活躍していたが、事業拡大と時を同じくバブルが崩壊し、莫大な借金を抱えてしまう。

なんとか経営を建て直そうと、能力開発セミナーなどに通いだす。その頃から、瞑想修行などを日課の一部とするようになった。

手かざしや気功については、テレビなどで見ていて「おぉー、すごいなぁ」と感心することはあっても、自分がそのような能力をもつようになるなど思ってもみなかった。「光の体験」を経たいまも、意識はさほど変わっていない。

「でもさぁー、テレビ番組のパホーマンスのように、人を倒したり、身体が動くよう操って能力を誇示してもなぁー」(笑)

確かに、真に聖人と呼ばれる者の多くがそうであったように、北沢先生には、気負いや強引さというものが一切ない。物腰は柔らかで、笑顔を絶やさない、東北人らしい誠実さがにじみ出ている。

力を誇示する必要はない。自分に与えられた使命をわきまえているのであれば良い、という。

実際のことを述べると、北沢先生のその後の苦難は、察するに余りある。故郷福島を出て、東京で「天啓気療院」を開業したのも、もちろん全国に散在する患者さんの求めに応じてのことだが、医療関係者にも、先生の手かざしをすすめる人や、自身も受ける人が増えたため、いわゆる地域の抵抗勢力が強くなってきたからだ。

子どもたちがイジメに遭っていたことも、後で聞かされた。今日でも手かざしを理解する方は少なく、15年以上も前のことであり、北沢先生が天から授かった力を、すんなりと受け入れる土壌が育っているとはいえなかった。唯一最大の理解者が、家族だったということは想像に難くない。

光の体験に苦闘する父の姿、そして何より、多くの人がその能力によって救われ、喜ぶ様子を間近に見て、天啓気療の真理を確信していたからこそ、皆で乗り越えることができたのだろう。


魂を逡巡させる縁の糸を結べるかが救いへの鍵

現在は、東京で4日、福島で3日、東京と福島を往復している。どちらの気療院にも、待っている患者さんがいる。

九州や北海道からも来院する、更には、海外からも、交通費だけでも大変である。

遠方の患者さんのほとんどの方の場合、従来の医療に見離され、人伝てやホームページにて北沢先生のことを知り、ワラをもすがる想いでやって来る。中には、民間医療や代替療法に数百万、数千万を使ったという人もいる。

それを思うと、できるだけ少ない施術回数で元気になってほしい、と先生は本気で考え、現在でも瞑想修業などを欠かさない。

しかし、そんな北沢先生の想いも、ときには伝わらないことがある。

先生自身がいうように、理解の範疇を超えた能力を、最後まで信じ切ることができず、せっかく変化が出てきたのに途中で来なくなってしまう人、何度予約しても、当日になると断念してしまう人、また、家族の反対をはじめ、さまざまな理由で来院を阻まれる人もいる。

病を治したいという当人の意志だけではなく、人智を超えて、強く確かな縁を結ばなければ、天啓気療の恵みは、得られないようなのだ。

取材の日も、予約が突然キャンセルになり、代わりに記者が施術してもらう好機にあずかった。

キャンセルの電話をしてきたのは、ウツ病の患者さんだという。神経性の病気を天啓気療で改善させた知人の紹介だったが、何度も電話で問い合わせ、そのたびに「とにかく一度来てみたら」と説得されても、最初の一歩がどうしても踏み出せずにいた。

「縁というものは非常にやっかいなものだ」

救われる生命とそうでない生命。北沢先生を真ん中に、魂の縁が行き交っている。


世間話をしながら約30分 心身が体験する未知の世界

施術時間はわずか30分程度。それ以上かけると、変化が著しく耐え抜けなくなるという。

ベッドに仰向けになり、目を閉じる。が、じっと神経を集中させて、などという緊張感は一切ない。施術室の扉も開放したままだ。

上京の際に必ず同行する奥様が、別の部屋で事務作業をしている気配がする。普通の事務所か、誰かのお宅にお邪魔しているような感じだ。それだけでもリラックスができる。

おまけに、施術しながら、先生が始終話しかけてくる。それも、深刻な内容は一切ない。陽気のことや今日の出来事、たわいもない世間話ばかり。

エネルギーとはどのようなものかを感じて頂くため、話しかけずに実施する場合も多い。

「お医者さんじゃ、なんていわれたの?」

「うーん、そうか」「なーに、大丈夫だよ」

施術時間の七割程度は頭部に費やされる。

「病気の大半は脳にストレスが掛かり悲鳴を上げている状態であり、また、脳は最も大事な臓器であり、ガンもアトピー性皮膚炎も同じであり、その他の病気の場合も同じと考えられる」とのこと。

頭部優先の手かざし。その意味は、まもなくわかる。頭部の右側がジーンと強く圧迫されるような感じがして、それがジワジワと足先、手の先まで達したかと思うと、今度は左側のほうの頭部がふんわりと温かくなってくる。

「なんだろう、この感じは……」

後で聞くと、先生は確かに意識して、左右の頭部に手をかざしているそうだが……。

「天啓気療を実施する際、よぉし、治してやろうなんていう意気込みはないなぁ。ちゃんと治るといいなぁ。と軽く思うだけ」とのこと。

やがて、全身がしびれたような、深く沈み込むような感覚に身を任せ、もはや先生の問いかけに相槌を打つのも億劫になってくる程のリラックス感が襲ってくる。その時分には、もう終了だ。


自然とのつながりに気づき、病から解き放される瞬間

フワフワと頼りない足取りで、待合室のソファまでたどり着く。

「どう?楽になった?」と聞かれて、「はあ」と曖昧に返事をする。

前述の男性と同じだ。お茶をいただき、フーッと息をつくと、気分が落ち着いてきた。確かに、楽になったという想いだけは残る。

先生によれば、最初から楽になったと感じる方やリラックス感を感じる方の場合、簡単に快方へ向かう場合が多いという。

身体の問題ではなく、それは心が楽になったということ。心が解放されれば、身体は自ずと病を修復させようとする。つまり、元の自然な状態へ、チェンジする機会を得るのだとのこと。

うつ病の人がとくにそうだという。何度目かの来院で、景色や時節の話をし出す。駅からここまで歩く道に、どんな建物があるか、どんな花が咲いているのか……。「ビルの前に、大きな木があったんですね」など。その言葉は、毎回、先生の胸に深い感動をもたらすとのこと。

病に捉えられ、がんじがらめにされ、何も考えられなくなり、更には、何も見えなくなっていた人が、本来の拠り所を見出す瞬間である。固く閉ざされた外界との扉を、自らの手で開き、自分が世界と確かにつながっていることを知る。

そのとき、当然のように、生きていくことが不自然ではなくなり、病気からも解き放たれていく。

「なんというか。自分であって、自分ではない。自分に対しての事柄なのだけれども、他人事のように感じる。不思議なのだがそのような感覚になる」とのこと。

「病気だけではなく、経済的にも人間関係にも、自然界に現れたものごとは、なんでも楽に受け入れ、認めていくようにもなる」という。

「自分であって自分でない」とは、どんな苦難も、自分を見失うことなく見つめ、距離をおき、平常心で受け止められるということだろうか?。


病気の種類を選ばない 天啓気療の真理

天啓気療院には、うつ病をはじめ、脳性小児麻痺、脳腫瘍、アトピー性皮膚炎、線維筋痛症、突発性難聴、網膜色素変性症、病名が不明な方々など、さまざまな病気に苦しむ人々が訪れる。

施術の頻度は、特別な事情がない限り、1週に1度と決めている。それは、好転反応と述べられる現象が現れるためである。1週間に1回では効果が現れないのではとの疑問が生じるが大丈夫。

それは、患者さん自身が持参する検査データや診断書によっても明らかになる。

深刻な空気はどこにもなく、ここの治療院に来ると、むしろのどかな気分にさせられるのはなぜなのだろう。

居心地のよい待合室は、患者さん同士の情報交換の場。受け終わった人と、これから受ける人が、互いに声をかけ合い、数値が下がったといっては驚き、喜び、安堵して、中には半日ほど休憩していく人もいるという。

天啓気療は、病気の種類を選ばないし、治っていくプロセスも、変化のしかたもそれぞれだ。受けたときの表現のしかたも千差万別である。全身に微弱な電気が流れているように感じるとか、上に引っ張られるようだとか、押し付けられるようだとか、痛みが掃除機でスーッと吸い取られるみたいだ、身体が消えたようだという人もいる。

いわゆる好転反応現象と思われる現象についても、感じかたはいろいろだが、弛緩現象が現れ、だるくなるという点は、ほぼ共通している。

天啓気療を受けた当人の身体や心の変化だけではなく、他人にも影響を及ぼし、素晴らしい出会いや別れなど、生活環境の変化にまで及ぶ場合などもある。この件については、当人の心に余裕が生じるため、そのように感じるものと思う。

好転反応現象と思われる現象は、手かざしによる急激な変化に対して、バランスを崩した各臓器が、正常な状態に移行するために起こる現象である。だるくなるのは、弛緩作用により、緊張が解け、己をリラックスさせる。

やがて機能改善の糸口が見つかれば、遅くとも3〜4日で治まってしまうのだが、そうした状態が辛くて耐えられないという人もいる。

とくに精神的な病気にて悩んでいる方の場合、不安になり絶望感に襲われたり、昔のいやな記憶がよみがえるなど、不安定な状態が一時的に出るため、家族の支えが必要だと先生はいう。

弛緩する現象は、快復において、とくに重要だ。弛緩するとは、身体は勿論、心のリラックスそのもののことで、確かに、好転反応と述べられる現象の中には、痛みなどが悪化したと感じたり、苦しみが増すような現象もあり、理解が難しいことも。

だからこそ、1回ごとの変化を味わい、本来あるべき自分の姿を見つめながら、そして、自然とは何か、健康とは何かなどを考えながら、回復を獲得して頂きたい。それが、天啓気療の真理ともいえるのかも知れない。


治療できないということが ガンの快癒を可能にする

都内に開業して10年余り。前述のように、最近は、治療の難しい病気を扱うケースがほとんどだ。圧倒的に多いのがガンである。乳ガン、大腸ガン、肺ガン、前立腺、甲状腺などなど、数え上げればきりがない。

それも、皮肉なことに、病院から見離されたケースほど治りが早い。医師も手の施しようがなく、何の治療も受けていないことが、かえって快復を容易にする。

余命3ヶ月と宣告された前立腺ガンの人が、わずか6〜7回の天啓気療で、ガン細胞が消滅してしまった例などもある。しかし……。

「抗ガン剤を投与されている人は難しい。抗ガン剤のエネルギーには勝てない」

ご存知のように、抗ガン剤は、ガン細胞と一緒に正常な細胞も痛めてしまう。その不条理極まりない素行により、患者は壮絶な副作用の苦しみを強いられる。

一方、天啓気療は、細胞を闘いの不要なステージまで引き上げるというもの。自然のバランスを求め、生き直そうとして始まる好転反応と述べられる現象と、恣意的で闇雲な抗ガン剤による攻撃とは、真っ向から相反してしまうことになる。

体内で絶えず繰り返されるそのせめぎ合いに、耐え果たせる人はそう多くないのが実状である。北沢先生がどんなに励まし、勇気づけても、また、たとえ本人が楽になったと感じていても、家族や病院、周囲が納得しないのだ。

もし、仮に好転反応と述べられる現象を乗り越え、快方に向かったとする。すると、抗ガン剤が効いたと診断され、さらに強い抗ガン剤を投与されることになるのが現状のようだ。

手術も抗ガン剤も、いっそあきらめてくれれば、どんなにありがたいか。あるいは、その機が与えられないのも、運か、それとも縁というものか。


ある男性の気療体験から生命の有り様を検証する

人間が生きている間に、自らの細胞を異体させてしまう病気が、ガンなどだ。では、生き始める前、あるいは生まれてまもなく、苦闘を強いられる場合はどうか。

人間が生きている間に、自らの細胞を異体させてしまう病気が、ガンなどだ。では、生き始める前、あるいは生まれてまもなく、苦闘を強いられる場合はどうか。

ここに、最も新しい気療体験例を報告しよう。生まれつき歩行がおぼつかない、両足に麻痺のある患者さんだ。北沢先生が、ぜひ話を聞いてほしいと望んだその人を、仮にXさんと呼ぶ。

770gの極未熟児として生まれたXさんは、生後3ヶ月間を保育器の中で過ごす。医師は、助からない、助かったとしても重度の障害が残るといったという。その際、通常では絶対にあり得ないことではあるが、死亡証明書を渡されたとのこと。「要するに、死んだほうがよかったということでしょうね」

2歳半頃まで立つこともできず、ようやく立って歩き始めても歩き方がおかしいということで、両親は心配し、病院や気功術や気功治療気功整体治療中国気功治療医療気功治療などの治療師、能力者などを求めて、全国各地を訪ね歩く。しかし、思うような成果を得られないまま40余年。もう治らないとあきらめて過ごしてきた。

転機が訪れたのは、2004年のこと。亡くなった父の後を継いで、30代前半でスポーツ関係の事業経営者となって5年余り、若さに任せ、半ば勢いで突っ走ってきたが、無理がたたり、まず身体が悲鳴をあげ、心までも悲鳴をあげる。

重い胃潰瘍を患い、その痛みを紛らわすために、食事もとらずに酒を飲む。ついに肝臓を痛め、一時は重篤な状態に。これを機に酒は止めたが、ストレスにさいなまれ、食欲は戻らず、点滴だけで過す毎日が、2006年ごろに4ヶ月間も続いた。

「とにかく身体が動かないんです。仕事中はなんとか気を張っていても、終わったらすぐにぶっ倒れていました。内臓も、もちろん足も腕も、最悪の状態だったと思います」

また、順調に展開していた事業も、さまざまなトラブルが発生。その処理に追われるうち、折からの経済不況も重なり経営的にも低迷し始める。

どうすればこの苦境から抜け出せるかと暗澹としていた、まさにそのとき、北沢先生と巡り合う。

同じような境遇を、天啓気療によって改善させた知人の親身のすすめに、ふと心が動き、会食する前に立ち寄ったのが最初だった。

「施術を終えた後、久しぶりにゆっくり食事をして、2軒目に誘われたとき、気がついたんです。あ、なんだか身体が軽い。楽に歩ける」と。


味わったことのない感覚……「これは本物だ」

今日まで、西洋医学は勿論、気功や整体、鍼灸など、あらゆる治療方法を100ケ所以上試したと思うが改善は全くしなかった。2時間以上マッサージを受けてもすぐ元に戻ってしまう。ひどいときには、疲れが腰や足にきて、眠れない夜もあった。

ところが、天啓気療を受けた次の日も、その次の日も、全身をほぐされているような心地よさが1日中続いた。

生まれてからずっと味わったことのない感覚だった。「これは本物だ」。以来、約3ヶ月。Xさんはどんなに忙しくても、週1回欠かさず北沢先生のもとへ通院している。

今まではすり足情態のため、少しの転んでいたが転ばなくなった。痛みの方もすっかり取れて、すでに以前の3倍以上の歩幅で歩けるようにもなった。

「仕事の状態とか気持ちのあり方とか、変わってきたのがわかる?」

北沢先生が聞く。

「変わりました。自分の身体が格段に動くようになったので、久しぶりに現場に出れるようになった。その場合でも、以前とは比較にならないほど心が安定し、何事が発生しても冷静に対処することができるようになった」

今まで人任せにしていた部分を直接采配することによって、現場の空気も引き締まり、社員もアルバイトのスタッフも、テキパキと働くようになり、売り上げも上昇したという。

私自身も今までの辛さから解放され喜んでいるが、妻の方は、もっと喜んでいるとのこと。それは、今までは、毎晩真夜中に、足をもんでくれと頼んでいたが、頼まなくなったこと。

「それから、以前は身体のこともあり、投げやりになって行動をしていたが、この頃は、起きたことに振り回されず、自分でコントロールできるようになりましたね」

「これからは、運も良くなるし、自分の思った通りに動いていい。大丈夫、もっとよくなるから」


脳性麻痺の人たちのピュアな魂に触れて

北沢先生は、これまでに何人も、脳性小児麻痺の患者さんを改善へと導いている。

身体全体が大きく変形して、横になって寝ることもできなかった男性は、凄まじい筋骨の動変を経て、真っ直ぐ仰向けに眠れるようになった。

脳性小児麻痺の他に線維筋痛症を患い六年間苦しんだ女性は、3回目の天啓気療で痛みがすっかり消え、輝くほどに美しくなったという。

「何故か脳性小児麻痺の人は、他の病気の方と違う。それは、自我そのものが汚れていないことだ」

一つひとつ言葉を選びながら、インタビューに答える、Xさんの姿が思い浮かぶ。

生まれながらに身体に不自由を抱えている方の場合、無意識的に人生とはこのようなものと自我そのものが認めるものと思われる。

そのため、不自由な肉体をもちながら、どんな試練に遭っても、真摯に生き抜く汚れのない無垢のままの自我を育むものと考えられる。

「いままで手をかざした脳性麻痺の人は、皆そうだった。彼も自分自身で必ず気づく」とのこと。

生きる限りこの肉体とともにある、その覚悟を秘めた気高い魂。彼らは、生かされていることの重みを、すでに知っているのかも知れない。

そして、天から授けられた光の力をもって、彼らのもとに本来の姿を返すとき、その心の奥底に湛える澄み切った泉によって、自身も清められることを、先生もまた、知っているのかも知れない。

Xさんのように、私達も、生かされていることに感謝の念を忘れてはいけないのかも知れない。




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