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 世界各国で国家間の戦争や民族紛争が勃発して、残虐な殺戮によって罪のない人々の命が奪われています。科学技術の驚異的な発達によって、人間にとって快適な生活が可能である二十一世紀の現代において、世界の先進国と呼ばれる国々が物質的な繁栄を享受している一方で、イデオロギーや民族意識の対立などで流血の惨事が世界の各地で続発して、その災禍の渦中にある人々は死の恐怖と窮乏と戦いながら辛い日々を送るという、言葉では言い尽くせない悲惨な状況にあります。長い人類の歴史を通して戦争は世界のどこかで絶えず発生していましたし、戦争がこの地上から完全になくなるということは、人類が宇宙に向かって発展していくことが予測される近未来の宇宙時代においても、決して可能なことではないのかもしれません。

 人間同士がいがみあって殺しあうのは悲しいことです。人類史における連綿たる時の流れの中で、残虐な破壊行為である無数の戦争が起こり、そしてその無益な戦争によって流された人間の血や残骸である人骨をかき集めてみれば、大洋のように深くて茫洋とした血の大海となり、白骨で積まれた小高い山々が累々と連なるほどに、茫漠無量であることでしょう。そして、戦いで殺された男たちばかりでなく、戦争災禍や民族闘争の血の粛清によって命を絶たれた、罪科(つみとが)のない女たちや子供たちの無念の思いが地上に厚く垂れこめて、その悲しみの想念は積み重なるばかりで、薄らぐことは決してないのでしょう。

 肌の色や宗教や風俗習慣が違っても、人間であることに少しも変わりがあるわけではないのに、人間は、自分とは外面的に異なる、あるいは慣習が異なるということだけで、差別感情を持って互いに排斥しあうのです。人種や宗教が違っても、同じ人間同士ですから、理解しようと努力すれば理解しあうことができますし、そしてまた、互いに理解しあうことで、それぞれの心の中に築かれている障壁が取り除かれて、平和に共存することも可能であるのに、表面的な差異に拘泥して互いに歩み寄ろうとする努力さえもしません。

 信仰する宗教が異なるという理由で、戦争が起こったことも人類の歴史の中ではたびたびありました。すべての人間が平和に生きることが宗教における教えの一つとして説かれているにもかかわらず、実際には宗教の違いが民族間の闘争を生み出す原因であったりします。民衆を教宣する指導的な立場の人間たちが率先して、他宗教を奉じる他の民族や国家を圧迫したり侵略したりする不条理がまかり通る不思議さに驚き呆れてしまいますが、けれどもそれはまた、或る意味で、宗教の名を騙(かた)るからこそ、民衆が受け入れてしまう不条理なのでもあるでしょう。どうしてこのような不条理がまかり通ってしまうのかというのは、民衆が宗教の本質を理解していないからでしょう。人々が宗教の本質を真実に理解しているのであれば、宗教の名を騙った戦争などは起こり得ないことです。その理由は、真実の宗教とは、神意識実現という意識進化であり、自己の霊性の向上に関わることであって、他者に関わることではないからです。宗教の本質は、表層の自我意識を滅して、自己の奥底に潜む普遍なる神性意識を開示することです。神性意識に到達するために、エゴという自我意識を滅却するのが真実の宗教ですから、宗教の名を騙って国家や民族のエゴイズムによって引き起こされる戦争は、宗教の真実とは全くかけ離れたものなのです。宗教の名を騙れば、悪しきことであっても、すべてが許されるというような欺瞞や誤謬を、人は完全に排除しなければなりません。すべての人が真実の宗教と宗教に見せかけたエゴイズムを識別する知性を涵養すべきであり、そして、宗教を騙って自己のエゴイズムをごり押しする利己的な人間の虚偽や欺瞞に晦(くら)まされてはならないでしょう。

 宗教の名のもとに戦争が引き起こされても、戦争に至ったその根本の原因をたどれば、必ずエゴイズムに行きつくのであり、国家のエゴイズム、民族のエゴイズム、指導者のエゴイズムが悲惨な戦争災禍を引き起こす原因です。これは、民族闘争や国家戦争にまで発展する状況に至る民族や国家ばかりでなく、個々の人間についても言えることでしょう。言葉を変えて、個々の人間が持つ憎悪や偏見や我欲というエゴイズムの拡大されたものが、民族紛争となり、国家戦争となるのです。人種偏見や差別意識や蔑視感情を抱いている人間同士が出会うとき、彼らはその時点ですでに蔑視や敵意の感情をあらわにするでしょう。少しばかり知性的な人間は、表面的には敵意をむき出しにすることは控えるでしょうが、心の中では決して相手を受け入れず、蔑視や敵意の感情を心に潜ませて相手に接しているでしょう。そのような状況下で、互いに相手を理解するための対話など生まれるはずはありません。相手を受け入れることができるのは、相手に対する先入観が全くない状態で、対象をあるがままに認識することによって、また、相手に対して自分の側の価値基準を押しつけずに、相手が持つ固有な価値観を認めたうえで対話を進めていくことによってでしょう。そしてそれから、互いの理解が始まるのではないでしょうか。

 或る対象を理解しようとすることは、その対象に対して如何なる先入観も持たずに、その対象をあるがままに認識するだけのことでしょう。その対象が、自分が望まない性質や資質を有していても、それに対して批判や誹謗を加えることなしに、対象のあるがままの様態を認識すること、それが対象を理解するということでしょう。理解するとは、対象を知悉して受け入れるだけのことであり、それ以上のことを意味しません。見知らぬ者同士が出会うとき、互いに相手の言葉や態度に対して偏見を持たずに受け入れることで、相手を理解することが始まります。自己の価値観を以って相手の言葉や態度に反応し、そして自分の頭の中で相手の人格や性質などを自己の価値基準で色づけしていくならば、そのときそれは、相手を理解しているのではなく、自分の想像によって相手の存在の在り方を決めつけている、単なる利己主義にすぎないでしょう。自分のほうが優れているという思い上がりから生じる人種差別や蔑視の感情は、人間のエゴから生まれるものであり、そして人間のエゴイズムが、大は国家間の戦争や民族紛争から、小は隣人同士の揉め事に至るまで、軋轢や闘争を生み出すおおもとの原因でしょう。利己主義は排他的であり、他を受け入れることをしません。エゴイズムが人々の間を分断するのであり、人々が理解しあうことができないのはエゴイズムの所為です。

 世界にはさまざまな人種や民族が存在し、風俗習慣もそれぞれに異なります。すべての人間がそのことを承知してはいるのですが、人間は生来的にエゴという自己愛を持っていますので、自己を第一に大切なものと考えて、他者を排斥しようとしたり、利用搾取しようとする傾向を持つのです。人間のエゴイズムが消滅すれば、この世界に紛争など一つも起こらないでしょう。けれども、人間にはエゴがあるからこそ、人間としてこの世に存在するのであり、エゴの消滅はあり得ないことです。この地上から利己主義が消滅することはあり得ないでしょうが、だからと言って、個々の人間の利己主義を野放図にはびこらせておくわけにもいきません。

 人間のエゴにも程度があって、非常に我欲の強い利己的な人間もいれば、他者に対して優しい思いやりという愛を示す、利他的な人々も多く存在します。利己主義を減じることができるのは愛だけであり、この世界に平和をもたらすことができるのは愛だけなのです。愛といっても、自己本位な愛ではなく、自と他を同時に包摂する普遍的な愛のことなのですが、そのような愛を世界中のすべての人が体現するのは不可能なことではあるでしょう。けれど、愛の尊さに気づいて、社会に益するような奉仕や地道な活動によって、普遍的な愛を他者に示している善意にあふれた人々も世の中には多く存在しているものです。世界の各地で勃発している戦争災禍の中にある人々の苦難や窮乏を知って、この地上に生きる同じ人間として深い悲しみや義憤を感じる人は、それゆえ、自分の中に潜む利己主義をわずかでも滅して、普遍的な愛を体現することに、より近づくように努力するべきでしょう。

 人間は自分の中の利己主義を完全に滅することはできません。けれども、自分の中の利己主義を少しでも滅していくことが、最終的に世の中にはびこる利己主義を減じて、そして世界そのものを変革することが可能になるのです。なぜなら、利己的でない人が増えれば増えるほど、そのような善良な人々の意識が大衆の意識に多大な影響をおよぼして社会全体を変革し、社会が変わることで国家が変わり、国家が変わることで世界も変わるからです。と言うのは、意識は時空を超えてすべての人間が共有するものであり、意識変革が起これば、人類全体の意識が変容するからです。ですから、各個人がエゴイズムの害悪に気づいて、自分の中の利己主義を少しでも減ずることが、最終的には世界に蔓延している利己主義を減少させることができるでしょう。そして、人間の利己主義が少なくなることが、この世界から悲惨な戦争を少しでも減らすことができる唯一の方途なのです。

 幸い、現在の日本は憲法に規定されているように戦争を放棄した平和国家であり、すべての日本人が平和を享受しています。平和国家である日本が世界の平和に対して貢献できることとは何でしょうか。日本が世界平和に対して貢献できることとは、日本の社会をより良いものにして、すべての日本人が安心して心安らかに暮らせるような、絶対的に揺らぐことがない平和な国を確立することでしょう。国内の治安が行き届き、すべての人が安心して暮らせる社会とは、人々が互いに譲り合って、世の中の秩序が自然に保たれているというような、利己主義が抑制されて万人の心が調和している社会でしょう。かつて日本の社会は、和を尊ぶことが美徳とされ、人の心を大切にしていたものです。けれども、現代の日本は、個人の利己主義が野放図に放任されている社会であると私には思えます。人々の心が利己主義に汚染されて生きにくい世の中になってしまっている現代の日本を根本から是正する必要があることに、日本人は気づかなければなりません。人々が心安らかに生きられる健全な社会を復興させて、名実ともに平和国家となれば、ひいてはそれが世界平和に貢献できる素因となります。人々が平安に暮らしている国は良俗と秩序が保たれ、その結果、国民一人ひとりが、その持てる力を物理的にも精神的にも充分に発揮できるでしょう。そして物心両面に亘って繁栄する国は、必然的に世界に対して大きな影響力を持つことになるでしょう。ですから、二十一世紀の日本は、世界平和に多大に貢献できるように、利己主義を排除して、物質的にも精神的にも豊かに繁栄している国になれるように、今、私たちすべての日本人が、国家が繁栄することの意味をじっくりと再考すべき時なのではないでしょうか。 

 

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